マラソン後半の失速は運や気合いではなく、体内の変化として測定できます。本記事では科学的に裏づけられた三つのサインを紹介します。心拍と速度の乖離(Decoupling)、一定速度に必要な循環負担を示す心臓コスト(Cardiac Cost)、そしてピッチが落ちるケイデンス低下。あなたの体で何が起きているのかを、できるだけ平易に解きほぐします。レースやロング走で「いつ崩れ始めたのか」を客観的に捉え、配分とフォームの判断に使える視点を提供します。
1. 心拍と速度の乖離(Decoupling)#
何が起きるか#
同じペースで走っているのに、心拍だけがじわじわ上がっていく。これは体が「同じ仕事により多くの心臓の働き」を必要とし始めたサインです。糖の利用が増え、体温調節や循環の負担が大きくなると、以前は保てていた比例関係が崩れます。多くのランナーでは25km前後からこの変化が現れやすく、そこを境に「楽に刻む感覚」が薄れていきます。心拍と速度の乖離(Decoupling)は、効率が落ちはじめたことを静かに告げる指標で、主観より早く変調を示すことがあります。
研究が示すこと#
82,303人の分析では、スタート直後に4:30/km・心拍150だったランナーが、30kmでも4:30/kmのまま心拍174へと16%上昇、という変化が典型です。この上昇率で分類すると、10%未満(Low)は効率維持、10–20%(Moderate)はやや失速、20%以上(High)は強い疲労サイン。多くは25km前後から立ち上がり、後半の粘りに直結します。平均でLowはサブ3.40相当、Highは4時間目前まで落ちるイメージです。
ランナーへの示唆#
心拍と速度の乖離(Decoupling)が立ち上がってきたら、同じペースの維持に固執せず、配分の微修正を検討する合図。前半の余裕を残すことが後半の粘りにつながります。
引用
- Smyth et al. (2022), Sports Medicine, n=82,303
2. 心臓コスト(Cardiac Cost)#
何が起きるか#
心臓コスト(Cardiac Cost)は「一定の速度を保つために心臓がどれだけ働いているか」を表す考え方です。体の燃費が落ちてくると、同じスピードでも心拍の負担が割高になります。背景には、フォームのわずかな崩れや接地時間の延長、筋ポンプの効率低下が重なります。主観的には頑張っているのにペースが伸びない、あるいは維持に余分な努力が必要になる、その過程を数値が映し出します。
研究が示すこと#
14人研究では「同じ5:00/km」を走るAさん(HR145)は3時間30分、Bさん(HR165)は4時間という対照的な結果。心拍÷速度が低い=燃費が良いほど速くゴールしました。280人規模でもこの傾向は再確認。『心拍が高くても踏む』より『同じ速さをより低い心拍で刻む』ことが後半の鍵だと示唆されます。
ランナーへの示唆#
心拍だけ、速度だけを単独で見るのでは不十分。両者の関係性が崩れていないかを意識するだけで、後半の失速を緩和できます。
引用
- Billat et al. (2012); Billat et al. (2019)
3. ケイデンス低下(ピッチの変化)#
何が起きるか#
後半になると足の回転数(ピッチ)がわずかに落ち、着地時間が長くなりがちです。これは推進のロスとブレーキの増加を招き、同じ努力感でも速度が出にくくなる典型的な疲労のパターンです。20kmを過ぎるあたりから顕著になり、骨盤の傾きが不安定になるなど、全身のリズムが乱れはじめます。「接地が後ろに流れる」「蹴りが重い」などの体感は、この変化と一致します。
研究が示すこと#
1,437人の実レース計測では、20–22kmを境に動きが変わります。前半0–20kmはピッチ180spm・接地0.22秒、後半25–30kmは174spm・0.26秒。ピッチ約3%低下、接地約18%延長で、1歩が重く長くなる様子がデータに出ます。本人は同じつもりでも、後半はリズムが緩み、推進効率が落ちていきます。
ランナーへの示唆#
ピッチの下振れはフォーム崩れの早期サイン。大きな力を足すより、リズムを整える意識が効率の回復につながります。
引用
- Miyazaki et al. (2025), n=1,437
まとめ#
三つのサインは連動して現れます。まずピッチの乱れや接地時間の延長が始まり、効率が落ちるにつれ心臓の負担が増し、やがて心拍と速度の関係が崩れていく。主観に頼らず、これらの変化を客観的に見つけることで、崩れの立ち上がりを早期に捉えられます。次の記事では各指標の測定と読み取りのコツをさらに掘り下げ、日々の練習やレースで活かす具体例を紹介します。