疲労指標の詳細
なぜ2つの疲労指標が必要か#
マラソンでは心血管系と神経筋系という2つの異なるシステムが疲労します。これらは別々に進行し、どちらかが限界に達すると急激なペースダウンが起こります。
Prigent et al. (2022) の研究で重要な発見がありました:
「神経筋系の指標は軽度の疲労でも変化するが、心拍数は中程度以上の疲労にならないと変化しない」
つまり:
- NM = 早期警告システム: 疲労の初期段階で変化
- CV = 確定的な疲労指標: 疲労が進行してから変化
両方を監視することで、疲労の進行を多角的に把握できます。
🫀 CV(CardioVascular:心血管系疲労)
何を測定しているか#
心拍数と速度の比率(HR/Speed Ratio)の変化を測定しています。
原理#
ランニング中、心拍数と速度は通常一定の比率を保ちます。しかし疲労が進むと、同じ速度を維持するのにより高い心拍数が必要になります。この「デカップリング」現象は、心血管系の効率低下を示します。
主な原因:
- 脱水による血液量減少
- グリコーゲン枯渇
- 体温上昇(Cardiac Drift)
計算式#
DECOUP% = ((現在のHR/Speed比) / (ベースラインHR/Speed比) - 1) × 100
CV表示値 = (DECOUP% / 20%) × 100
※ 20% = フルマラソン完走時の典型的なデカップリング率
閾値の根拠#
Smyth et al. (2022) が82,303名のロンドンマラソン完走者を分析。HR/Speed比の悪化率(デカップリング)と完走タイムの関係を統計的に分類しました。
| DECOUP% | 状態 | CV表示値 |
|---|---|---|
| < 10% | 正常範囲 | < 50 |
| 10-20% | 注意 | 50-100 |
| ≥ 20% | 危険 | > 100 |
🦵 NM(NeuroMuscular:神経筋系疲労)
何を測定しているか#
歩幅(Stride Length)の変化を測定しています。
原理#
筋疲労が進むと、筋力発揮能力が低下します。その結果、歩幅が減少します(蹴り出しの力が弱まる)。
これは「フォームの崩れ」として現れ、ランナー自身は気づきにくいのに、客観的には明確に測定できます。歩幅低下は、後半の大幅なペースダウン(25%以上)の前兆となります。
歩幅の推定方法#
HRM-Pro等のRunning Dynamicsセンサーからのデータ取得はConnect IQ APIの技術的制約があるため、速度とケイデンスから物理計算で推定しています。
Stride Length (mm) = Speed × 60 / Cadence × 1000
計算式#
STRIDE% = ((現在の歩幅) / (ベースライン歩幅) - 1) × 100
NM表示値 = -(STRIDE% / 10%) × 100
※ 10% = フルマラソン完走時の典型的な歩幅減少率
例:
- STRIDE% = -5% → NM = 50(黄色)
- STRIDE% = -10% → NM = 100(赤の境界)
閾値の根拠#
Lin et al. (2025) および Chan-Roper et al. (2012) の研究によると、フルマラソン完走時の典型的な歩幅変化は約 -10% です。
| 歩幅変化 | 状態 | NM表示値 |
|---|---|---|
| > -5% | 正常範囲 | < 50 |
| -5% 〜 -10% | 注意 | 50-100 |
| < -10% | 危険 | > 100 |